むしきらい

みんなは好き

一目惚れ(5)

 五、次の日は朝からとても良い天気で梅雨も明け強い陽射しがすでに汗を滲ませいる、着信音が鳴り響き綾奈から「今日から普通部屋に移ったそうよ、605号室ですのでよろしく」とのメール、僕は安堵と共に抑えようの無い怒りが湧いて来たが、とにかく急がなくては、加奈に逢いたい今すぐに。

 ノックもしないで入った病室は個室で甘い花の匂いがほのかに部屋を包んでいた、眼を閉じていた加奈は薄く眼を開け恥ずかしそうに僕を見つめ不思議な微笑みを浮かべていた、静かな時が絶え間ない思いを飲み込み全てを失くしてしまい無かった事に出来るかもしれない、もう一度始めからやり直せるかもと考えていると、加奈が「ごめんなさい、わたし哀しくて、もうあなたに逢えないと想い、何も考える事が出来なくて、ごめんなさい」薄いピンクのひとすじのしずくを頬に浮かべ静かな嗚咽が病室を暗く締め付ける中、僕は黙って見つめていました。

 やがてぽつりぽつりと、言葉を絞り出すように、あの日綾奈の家にいた時の一部始終を話し始めました、綾奈と彼氏の事、あなたの事、新しいお店の事など話していると、大学からサークルの打ち合わせの連絡が来て「30分程出かけるけど、ゲームでもして待っててすぐ戻るから」と言うから綾奈の部屋でゲームをしていると、彼が早瀬修一郎が今度の作品を見てくれないか、君たち若い人の意見が聞きたいと誘うから、私は新しい作品にはとても興味があり見せてもらいにアトリエに行きました、飲み物はジュースでいいかなと、口当たりの良い甘い味のするジュースをいただき飲んだところで記憶がなくなり、気が付いたときはベッドの上で、横に彼がいました。

 一瞬何が何だか解らなくて、ただ初めての経験なので恥ずかしくて、黙って小さくなっていると彼は「きみはとても可愛くて前から好きだった、これからいろんなことできみをサポートするからね」そして優しくリードしてくれて今まで感じたことの無いとても良い気持ちになり、これが大人になるという事かなと、それから何度も逢いました。作品は素晴らしいし尊敬出来て、彼は優しいしいろいろと知らない事を教えてくれてとても楽しかった。

 あなたに逢うまでは、あ~あ あなたに逢わなければただのセフレで良かったのに、あなたに出逢って、私は何をしているのだろう 何故 なぜ 何故 なぜどうしてこんな事に、私はバカなの わたしは大バカなんだ愛してもいない男に愛しているような錯覚をい抱き、大切なあなたのために私の純潔をあげたかったのに、わたしにはもう何もないこんな薄汚れた私しかいないです、ごめんなさい、本当にごめんなさい、わたしを許さなくていいからここで終わりにして、お願い。

 僕は何をしたんだろう、手にしたナイフは血が滲み倒れた男は苦悶の表情で見つめている、何がどうしたのだろう。覚えているのは加奈が愛おしくてもう誰にも触らせたくなく、首を絞めて火をつけた事、そして早瀬に会いに来た事ぐらい、寒い、寒くて体の震えが止まらない。 部屋に誰か来た、綾奈のようだ、能面のような顔で嬉しそうに瞳だけはわらっていた。